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AIは「強化学習」に進化した。人間だけが逆行している。

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ショートストーリー

AIは「強化学習」に進化した。人間だけが逆行している。

接待に前向きなZ世代から見えた、三つの視点の物語

ある調査記事が、三つの場所で、三つの人生に触れた。


ハルト(24歳・営業二年目)

スマホでその記事を見つけたとき、ハルトはちょっとほっとした。

Z世代は接待に前向きらしい、という調査結果だった。

ああ、みんな同じなんだ、と思った。先輩から「今度の接待、付き合ってくれ」と言われたとき、内心は気が重かった。でも断る理由が見つからなかった。記事の数字を見たら、その重さが少し軽くなった気がした。自分だけが変なわけじゃない。

ハルトは、やり方を覚えるのが得意なタイプだった。研修のロールプレイでも、決められたトークをなぞれば、たいてい結果が出た。接待も、きっと同じだ。マニュアルがあるなら、それをこなせばいい。誰かが「これが正解」と言ってくれるなら、それに従えば間違えない。

ただ、ひとつだけ引っかかることがあった。同じ調査の中で、「ムダだと思う営業の慣習」の一位は「対面訪問」だった。接待よりも先に、会いに行くこと自体がムダだとされている。なのに、接待には「前向き」。

――それって、矛盾してないか?

ハルトはその違和感をすぐに閉じた。深く考えても、今日の商談には関係ない。スマホをポケットに戻し、次のアポイントに向かった。

真鍋(38歳・Webメディア編集者)

真鍋は週次のアクセスレポートを睨んでいた。先月配信した「〇〇世代」特集が、社内で一番伸びた記事だった。理由は分かっている。世代で対立の図式を作ると、シェアされる。コメント欄が伸びる。「うちの若手はこうだ」「いや、私の時代は」と、誰も損をしないのに、誰もが反応する。

調査会社からのレポートを開いたとき、真鍋の頭にはもう型が浮かんでいた。世代の名前を入れて、「まさか」を続けて、対立を匂わせる。今回も、その型に当てはめれば見出しは一つだった。

「〇〇世代、まさかの〇〇に前向き」

〇〇に何を入れるかは、正直どちらでもよかった。レポートの中には、もっと地味で本質的な数字もあった。本当はそこに意味があるかもしれない、と一瞬思った。だが、地味な数字には型がない。型のない数字は、見出しにならない。

部下の一人が、「これ、文脈を切り取りすぎじゃないですか」と言ってきた。真鍋は短く返した。

「読まれない記事に、意味なんてないよ」

その言葉に、自分でも少し引っかかりを覚えたが、配信ボタンを押す手は止まらなかった。記事は、その日のうちにランキング上位に入った。

哲郎(58歳・現場を見続けてきた男)

哲郎は、電車の中でその記事を読んだ。三十年近く、現場で若い人材を見てきた。新人がどう育つか、何度も見てきた。

最初に感じたのは、苛立ちではなく、心配だった。

ハルトのような若者たちは、悪くない。むしろ、与えられた環境の中で誠実に生きている。「正解」を求めるのは、そう教えられてきたからだ。学校でも、研修でも、「このやり方が正しい」と教わり、それを再現することが評価された。それ以外の育ち方を、教わってこなかったのだ。

哲郎の世代は違った。正解なんて、誰も教えてくれなかった。失敗して、怒られて、自分で考えるしかなかった。遠回りだったが、その遠回りの中で「何を疑うべきか」を覚えた。

哲郎は仕事でAIを使うようになって、奇妙なことに気づいていた。かつてのAIは、人間が一つひとつ正解を教え込む「教師あり学習」が中心だった。だが今の最先端は違う。正解を与えられなくても、試行錯誤と結果へのフィードバックの中から、自分でパターンを見つけていく「強化学習」へと進化している。未知の問題に対応する力は、教えられた正解をなぞる力からではなく、そうやって自分で道を探す力から生まれる。

つまりAIは、かつて哲郎たちがそうだったやり方に近づいている。逆に、今の若者たちは、AIがすでに通り過ぎてきた「教師あり学習」の段階に、足を止めているように見えた。

進化の方向が、人間とAIとで逆になっている。

真鍋のような人間も、悪意があるわけじゃないかもしれない。「読まれる記事を作れ」という構造の中で、誠実に仕事をしているだけかもしれない。だが、その誠実さの積み重ねが、若者の判断力を少しずつ奪っていく。

哲郎は、誰も悪人ではないのに、全体として人がすり減っていく構造を、何度も見てきた。

電車を降りる前に、哲郎は一つだけ、言葉にできるなら伝えたいことがあった。

AIは、正解をなぞる時代を抜け出し、
試行錯誤の中から自分で学ぶ方向へ進化している。
人間だけが、その逆に向かっている。

警笛

君たちが悪いわけじゃない。

だが、「みんなそうだ」という数字に安心した瞬間、君は一つ、考えることをやめている。

接待が前向きかどうかより先に、考えてほしいことがある。それは誰の判断で、誰の得になる選択なのか。

「正解」がある方が楽だ。だが、正解だけを覚えた人間は、正解のない場所で動けなくなる。今、君たちが立っている場所の先には、誰かが用意した「正解」の外側が、いくらでも広がっている。

数字に乗せられる前に、一度、足を止めて考えてほしい。それだけが、これから君たちを守る。

※本作は、ある種のメディア報道とその受け取られ方をきっかけに着想したフィクションです。登場人物・見出し・心理描写はすべて創作であり、特定の媒体・記者・企業の実際の取材過程や意図を描写したものではありません。