2018年5月27日に放送された、きかんしゃトーマス「エミリーちきゅうをすくう?」を観た後の疲労感は半端なかった。エミリーという汽車の「身勝手な自己承認欲求」により、関係各所に多大な被害が発生した。
しかし、エミリー本人はまったく反省をしていないばかりか、自己承認欲求を満たすと共に、妙な達成感まで満たして一件落着と物語は終わってしまった。
これで良いのだろうか?この物語を観たこども達は、今日のエミリーの行動に対してどう考えるのだろうか?
こどもの観る番組だからとバカにできない。なぜなら、そのこどもが大人になったとき、成果と一致しない承認を声高らかに要求する人間になってほしくないからだ。
ざっくりとした「エミリーちきゅうをすくう?」あらすじ
- エミリーは普段から人が嫌がるような地味な荷物を運んでいる
- わたしも特別な荷物を運びたい言うエミリー
- トップハムハットの計らいで動物園に飾る「大きな地球儀」を運ぶことになった
- 任務は動物園に設置するため、スケジュール通りに「大きな地球儀」を最寄り駅に届ける
- 子どもたちを含む関係者は動物園最寄りの駅で待つがエミリーは現れない
- 他の機関車に「大きな地球儀」を運んでいる姿を見せたいエミリーはスケジュールを無視する
- 仲間を探し走り回るエミリーの荷台から「大きな地球儀」が転落し線路を暴走
- 「大きな地球儀」が線路を転々とし、港湾から海に転落してしまう
- 仲間に助けられ「大きな地球儀」を積み直したエミリーは大幅に遅れて駅に到着する
トップハムハットに遅れについて問いただされたエミリーが言った言葉
「みんなに特別な荷物を運んでいる姿を見てほしかった」
運びたいのではなく「運んでいる姿を見られたい」
みんなから特別な荷物を運ぶ汽車として「承認」されたい。
そんなエミリーに対してトップハムハットは「まあ来てくれただけでも良いか」と何にもならない言葉をはっするのであった。
これには本当にがっかりした。ここできちんと叱らなかったらなんでもありだろ。
エミリーと一緒にいたトーマスまでも「特別な荷物」を運べてよかったじゃないか的な言葉をかける。
それに対して「まあいろいろ大変だったけどね」的な返答をしたエミリーに強い怒りを感じた。
まったく反省していないのだ。
自己中心的な行いで自らの欲求を満たし悦に入る。なにも上手くいっていないし迷惑をかけているのに、誰からも戒めの言葉もなく本人も反省しない。
これでいいのか?いいわけないだろ?
このまま物語が終わると、こども達にとってこの話はどういう教訓になるの?
職場にエミリーはいませんか?
職場でよく目にするのは、求められた職務ではない他人の職務を自分が遂行し、ボクやりました、「ホメてホメてよ」「おれってスゴい」「スゴいでしょ」的なウザい承認欲求のオーラーを出す人間です。
なぜその人にその職務を与えているのかを考えることがなく。
どちらかといえば、その職務が苦手な人が何も言わないのをいいことに、自己アピールの機会として他人の職務を奪い取り利用します。
それに感謝するアホな人も存在する訳ですが
こちらが望む成果・結果ではないこと、人が成長する過程を奪い取り邪魔していることなどから、「ダメな承認」は間違いなくされる訳なのですが、それには気が付きません。
そうなってくるとトップハムハットじゃないですが、もう適切な助言や戒めなんてする気にもなりません。
プラレールを走るトーマスのおもちゃが同じところをずーっと周っているように、自分の視界に入らないところをずーっと周っていてほしいと願うばかりです。