アイアムビリーバー |

夢想家でも出来たことやったこと

サブカルチャーの大衆化は村を襲うギャングと同じなのか?

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自分の趣味嗜好に正直に生き。その文化・カルチャーを愛している。そんな人達が集い楽しく盛り上がっている。しかし、盛り上がれば盛り上がるほど平和な空間を維持することは困難になる。流行りだなんだと騒ぎ、自分の飯のタネにするためにカルチャーを利用しはじめる人達が現れるからだ。

自分自身が深くどこかのカルチャーに身を置く人ならば、簡単に他人の領域に踏み込みこんだりすることはない。ああだこうだとトンチンカンな解釈されることが、すごく気持ち悪いことを知っているからだ。

他人の村を荒らしカルチャーに土足で踏み込む奴らは、家族の迷惑も考えず、予定にないお客を連れて帰ってくる酔った父親とさほど変わらない。

こういう人達はなんの悪気もなく自分の仕事を楽しもうとする

しかし、そのカルチャーに対する思い入れの深さを地球に例えるなら「下部マントルより深く外核・内核に達するくらいの住民と、家の庭の土を少し掘った程度か、せいぜい長ネギの白い部分が多くなるようにいつもより幾分深く掘った程度のニワカな人達であり、その差を埋めることは一生かかってもできない。

自分の家の庭に、家族でもない他人が侵入し、勝手に何か植えたり、勝手に花や野菜・果物を収穫している。そんな場面をアタマに浮かべてほしい。あなたは我慢できるだろうか?

同じ状況で、礼儀正しく名を名乗り、お金を支払い収穫させてほしいと言われたらどうだろう?

お金ももらったし、まあ仕方がない。どうぞ

収穫後の庭が荒らされたと分かった時はもう遅い。

以前の庭の姿にはもどせない気がする。お金に目がくらみ大切な何かを失ったのは間違いない。しかし、悪いのは自分なのだ。

巨大な資本がルールや常識を塗り替え、何かを変えてしまうことに、賛否があることを忘れてはいけない。そこにはカルチャーに対する敬意がなければいけないし、社会的にも良い方向へ進むエビデンスが必要だと思う。

エビデンス ウィキペディアより

サブカルチャーって何?

 


サブカルチャー(英: subculture)とは、ある社会の支配的な文化の中で異なった行動をし、しばしば独自の信条を持つ人々の独特な文化である。「サブカル」と略されることが多い。
 

ウィキペディア サブカルチャーより

 


 
大衆化するということは、独自の信条が薄められて支配されてしまうことだと思います。そこに支配されてしまうと、それはサブカルチャーではなくなり、独自の信条を持つ人達にとってもクールな存在ではなくなってしまう。

サブがあればメインがあるということで、メインカルチャーは支配的な大衆文化になったものだと思います。

ヤンキーに高級車のブランド価値を下げられるのと逆で、高級車を買いそうな方々がサブカルチャーに手を出す状況は、大衆化してきたことの現れだと感じます。

これって、ユニクロに目をつけられたら、ロック・バンドもキャラクターもコモディティ化されてがっかりするのと似ているなあ。

コモディティ化  シナジーマーケティング株式会社より

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